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…汗やら精液やら、不純な匂いが立ち込めていたらどうしよう。
一瞬そんな不安がよぎったけれど、鼻をついたのはいつも通りの準備室らしい薬品や埃っぽさの入り混じった匂いで、私はホッと胸を撫で下ろした。
「ほらっ、ここに…っうあ゙! 蜘蛛の巣だらけ!」
棚と棚の隙間を掻き出すと、埃と蜘蛛の巣にまみれた鏡がいくつも出てきた。
「…よく気付いたな」
「うん、なんとなく目についたの…っ」
“フェラチオしてるときにふと視界の隅に入ってきたんです”
とはとても言えない。
とりあえず手の届く限り引っ張り出してみると、思っていた以上の量がその場に散乱した。
ノートくらいの大きさのものから消しゴムくらいの小さなものまで、サイズはバラバラだ。
怪しい雰囲気の漂う薄暗い室内に汚れた鏡がいくつも散らばっていると、なんだかこれから冒険ミステリーでも始まりそう…と妙なワクワク感が湧いてくる。
「アクリルミラー…?」
小さな鏡を一つ取り上げて、ポツリと夏見が呟く。
「多分そうかも。カッターで切れるかなぁ?」
「厚さがあるから、専用のカッター使わないと無理っぽい」
「アクリルカッター? うーん…それっぽいものは置いてないよねぇ?」
二人で軽く辺りをあさってみたけれど、アクリルカッターらしきものはなかなか見当たらない。
「…技術室」
「ああ!技術室にならあるよねきっと!」
「はい」
「…え?」
ノートより一回り小さいくらいの鏡を唐突に手渡され、私はきょとんと夏見を見つめた。
「…これ私の?」
「うん」
「私もやるのっ?」
「共犯者」
「ええええっ!?」
「いや、どちらかというと広瀬が主犯」
「ええええっ!!?」
「片づけ手伝え 主犯」
「主犯って言うな!」
「……親分?」
「もっと嫌!!」
準備室を何事もなかったように整理整頓してる間、私と夏見は過去に作ったものの話で地味に盛り上がった。
誰にも理解されることはないだろうと思っていた段ボールクラフトの話を夏見は興味津々に聞いてくれて、夏見は一時期ハマッていたというワイヤークラフトの話を聞かせてくれた。
そして理科室の水道で鏡を洗ってる間はなぜかミステリーサークルの話になり、最終的に微生物の話に。
「絶っっ対、微生物の中で一番見た目が秀逸なのは太陽虫だから!!」
「いや、ボルボックスだろ」
…楽しい。
楽しすぎる。
遠慮なくマニアックな話をしあえることがこんなにも楽しいことだったなんて…!
そして何より夏見の猫みたいな落ち着いた雰囲気が、心のささくれ立っている今の私にはものすごく心地よかった。
常に無表情だし、短い言葉には抑揚がなくて無愛想に感じるけど、本当は私のことをちゃんと見聞きして私との会話をそれなりに楽しんでくれてる…っぽい。
もっともっと色んな話をしたい。
この、貫禄のある猫みたいな男を手懐けたい。
そう思って夢中で会話を続けている内に時間はあっという間にすぎ、気が付くと窓から見える空がすっかりオレンジ色に染まっていた。
「うわっもう5時!? 夏見、時間大丈夫?」
「時間は大丈夫だけど。…よくよく考えたら技術室、鍵かかってて入れないと思う」
「…あっ。あー…そうだよね…。鍵のこと完全に忘れてた…」
「アクリルカッター持ってる?」
「家に? ううん。持ってない」
「俺はある」
「えっ!じゃあ私の分も宜し」
「断る。面倒くさい」
「ですよねぇ…」
「今度貸す」
「え!ホントに?ありがとー!」
…と表向きでは喜んでみせた。
二人で技術室で作業して、もっと仲良くなれたらいいな。
そんな妄想を打ち砕かれ、本心は酷く落ち込んでいた。
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