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これなら理科室に入っても悲壮感に呑まれたりすることはないかもしれない。
…そう思っていた。
けれど、理科室に一歩踏み入れた途端にそれまで渇いていた気持ちが一気になし崩れ、想いが洪水のように溢れ出してしまった。
…カズヤとの別れは覚悟することができたのに
なんで彼のことを想うとこんなにも胸が掻き乱されてしまうんだろう。
「…どうしたの?」
「んっ? なんでもないっ…!」
友達の声にはっと我に返って、私は友達に顔を見られないように足早に掃除用具入れへと向かった。
涙でグラグラと歪む視界に机が映り込む。
そこは万華鏡を作るのに使っていた机だった。
今までの記憶が鮮明によみがえり、ますます目の前が熱くぼやけていく。
アクリルを切る、細いのに力強い手。
眠たそうな横顔。
笑い合いながら交わしたたくさんの話。
私をからかっているときの生意気な笑顔。
触れた肌の温度。心音。吐息。感触。
たった数週間のことだったのに、何年にも渡る思い出のように彼と過ごした時間が駆け巡る。
…本当に私は馬鹿だ。
こんなにも暖かくて大切な思い出を忘れようとしていたなんて。
私は今までずっと、怖がって自分から何もしようとしないで殻にこもってばかりだった。
いつまでもこんなんじゃダメだ。
…ねぇ、夏見。
もし私が今よりも強くなれたら、見直してくれる?
また1から友達をやり直してくれる?
暮れる様子のない眩い日光に照らされた机は、撫でるとじんわりと温かかった。
その温もりに夏見の面影を感じて、私は他の人に気づかれないように少しだけ泣いた。
・ ・ ・ ・ ・
『今から行くわ。鍵開けといて』
その短いメールに目を通し、携帯をポケットにしまって私はフゥッと気を吐いた。
それだけでは心もとないので、かつて夏見がしてくれたみたいに自分の顔をバチンッと叩いてみる。
…はっきり言うんだ。
こういう所ではやりたくないってことも、変な事はしたくないってことも。
…カズヤはどんな反応をするかな。
「つまんねぇ女」って幻滅するかな。
それとも、「今さらそんなこと言うなよ」って怒るのかな。
どちらにしろ怖いなぁ…。本当にちゃんと言えるかな…。
あっ! ダメだ、また逃げ腰になってる…!
何度も顔を叩いて、これでもかというほど闘魂を注入する。
腫れ上がってきた頬の痛みに、やりすぎた…と若干後悔しているとドアの外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
──ガラッ
「遅くなって悪ぃっ!」
カズヤの姿を見た途端に体中の神経が張りつめる。
喉から心臓が飛び出してきそうだ。
それでも私は気持ちを奮い立たせるために固くこぶしを握りしめて、カズヤを真っ直ぐに見据えた。
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